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 主な競技(武道十二種目

種 目 説 明
柔  道 柔道は1882年に嘉納治五郎によって創始された。これまでの柔術各流派の優れた点を集め、危険な点を除いて工夫と研究を重ね、全く新しい講道館柔道を創始した。嘉納は広く国民的視野から、体育としての柔道を捉え、柔道の諸規定を整備する傍ら、1909年にはアジア地域で初の国際オリンピック委員になって体育・スポーツの振興、柔道の世界的普及に尽くした。1964年には世界中の柔道愛好者やスポーツ振興者たちの支援でオリンピック正式種目となり、今や世界のスポーツとして各国で盛んに行われている。
相  撲 相撲は古来、まつりごとや占いを託された神事として行われ、奈良・平安時代には宮廷行事にも取り上げられた。鎌倉時代に入り、娯楽競技として、また武士の間では心身鍛錬のための武術として行われるようになる一方、収益を目的とした相撲興行が行われるようになり、江戸時代にはプロの力士集団が誕生した。これが現在の大相撲の源流である。素人相撲は娯楽競技としては江戸時代に衰退するも宮相撲として各地で行われ、祭りや神事の際の力比べとして残った。明治に入り1884年の天覧相撲以後、特に学生の間で盛んに行われるようになり、1990年には学校体育に相撲を加えることを提唱し、クラブとして相撲部を設ける学校が増加した。その後、学生相撲を中心にアマチュア相撲が発展した。
弓  道 現在の射法は、蒙古式と呼ばれ5〜6世紀に中国から伝わった。奈良時代には中国の射礼(じゃらい)思想の影響を受け、宮廷行事にも取り入れられた。鎌倉時代には主流武器となり弓の修行が奨励される中で弓術の研究は盛んに行われ、最古の流派、小笠原流が小笠原長清により生まれた。鉄砲伝来により実用的な面では衰退したが、江戸時代に入っても武士の心身修養として行われ、諸藩対抗の通し矢競技が盛んに行われた。その後現在の弓道の原型である日置流が生まれ、それをもとに数々の流派が誕生した。現在、弓道は老若男女、だれにでも楽しめ、自分を鍛えられる武道、生涯スポーツとして広がっている。
剣 道 剣術(撃剣)は、戦闘における剣の操法として生まれた。江戸時代に入り剣術は体系化され、武芸の一つとして奨励された。江戸中期には防具と四つ割りの竹刀が考案され従来の木刀による「形稽古」に替わり「竹刀打込稽古」方式の修行が始まった。これが現在における「竹刀剣道」の起源と言える。明治に入り、武士階級の消滅、廃刀令の実施により剣術は衰微の道を辿るが1911年、中学校正課に採用されるなど盛況を取り戻した。戦後、占領政策による非軍事化の一環として一時禁止されたものの、各地での剣道の流れは絶えることなく、1952年、全日本剣道連盟が発足し、剣道を復興するに至った。
なぎなた なぎなたは、元々曲線のある刃を長い柄に取り付け、騎乗の戦士をなぎ払う歩兵に用いられた武器である。鉄砲の伝来により戦闘方法が変化し、衰退したが江戸時代になると護身用として武家の婦女子に修練され、明治には学校教材として採用された。1953年、戦後、武道禁止令によって禁止されていた武道がようやく復活し、1955年全日本なぎなた連盟が新しく発足した。現在では中学・高校のクラブにも採用され、毎年全日本選手権ほか各種大会が開催、国体やインターハイにも参加している。国際的には1990年に世界なぎなた連盟が発足し4年に1度の割合で世界大会が行われている。
銃 剣 道 銃剣道は、明治初期から剣術、槍術をもとに研究され明治中期に銃剣術としてほぼ集大成された。その後、人間形成に欠く事のできない諸要素を広く国民に普及するため「銃剣道」の名称が生まれた。終戦に伴う武道禁止令の影響から戦前の銃剣道にあった戦技的な内容を完全払拭し、純粋な武道の一つとしてスポーツの形態に改め、人間形成に役立つスポーツ・銃剣道として生まれ変わった。
空 手 道 空手道は、中国の拳法と琉球(沖縄県)の伝統的な格技が融合して生まれた日本固有の武道である。江戸時代、島津藩の圧制により刀や槍の武器を持つことを禁じられていた琉球で、中国拳法を取り入れた素手や農具を使った格技が誕生し、現在の空手道の原型となった。当時の琉球武術は手(テイ)と呼ばれ、首里手(シュリテ)、那覇手(ナハテ)、泊手(トマリテ)などがあった。大正末期から昭和初期にかけて船越義珍、摩文仁賢和、宮城長順といった大家が次々と本土に渡り、船越が首里手を「松濤館流」、摩文仁が首里手と那覇手を併合して「糸東流」、宮城先生が那覇手を「剛柔流」とし、さらに柔術家の大塚博紀が柔術と首里手を融合して「和道流」として広めた。その後様々な流会派が分立し、日本全土、海外へと発展している。
少林寺拳法 少林寺拳法は、1947年、開祖・宗道臣によって、人づくりの行として日本で創始された。その名称は、拳の演錬による修行法を伝えていたとされる中国の「嵩山少林寺」にちなむものである。少林寺拳法は守りと反撃からなる護身の技術であり、体格の大きさや力の強さに頼らずとも、相手を制することができることを特徴としている。その修練の真の目的は、強さや勝ち負けを競うことでなく、自分を見つめ、相手とともに上達をはかる中で「自己確立」「自他共楽」の精神を培うことにある。
武術太極拳 日本で太極拳が広く行われるようになって、約40年である。近年では長拳、南拳や各種の伝統拳術が若い人々の間で行われている。中国武術は国際的には「武術」の中国語の発音で「WUSHU(ウーシュー)」の名称で普及しており、太極拳もWUSHUの一種であるが、日本では太極拳と各種の中国武術、中国拳法を「武術太極拳」と総称している。
日本拳法 日本拳法は、1932年に宗家・澤山宗海(むねおみ)により創始された総合的徒手格技である。技術構成は拳の突・打、足の蹴りなどの「摶技(うちわざ)」とそれに対する「受技、躱技(かわしわざ)」及び組討における「投げ技」「逆関節技」などを総合したものである。練習は形稽古と乱稽古に大別され、防具装着の乱稽古、空乱稽古、想乱稽古に分かれる。防具装着の乱稽古が主であり、試合もこの形式である。最大の特徴は、人間の最も本来的な格闘技術を創案の防具を装着することにより安全にかつ自由に撃合い稽古することである。拳足の技に対する防具の創案はまさに有史以来初めてのこと。現在はイギリス・イタリア・フランス・アメリカ・カナダ・メキシコ・ザンビアなど世界各国で行われている。
合 気 道 合気道は、植芝盛平が日本伝統の武術の奥義を究め、厳しい精神的修行を経て発展させた現代武道である。合気道の源流は15〜16世紀に起こった大東流合気柔術とされるが、植芝はこれを学び、精神的に飛躍向上させ、1922年、合気武道として指導を行った。その後1942年に「合気道」と名称を改め普及を続けた。お互いの習熟度に合わせ、技の稽古を繰り返し、心身の練成を図る事を目的として競技を行わない植芝の合気道組織(合気会)のほか、植芝のもとで学んだ藤平光一(気の研究会)、塩田剛三(養神館)、富木謙治(日本合気道協会)らも独自に活動している。
テコンドー テコンドーは朝鮮半島で生まれた武道である。数千年前の高句麗時代の遺跡には「テッキョン」と呼ばれる素手で戦う武術が描かれている。テコンドーはチェ・ホンヒという武道家がテッキョンに空手の技術体系を取り入れ、1955年に創始した。現在、ITF(国際テコンドー協会)と韓国のWTF(世界テコンドー連盟)の2つの組織があり、試合ルールは全く異なっている。WTFテコンドーは早くからスポーツ路線を推進、2000年シドニーオリンピックで正式種目となった。

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